Tuesday, September 1, 2009

電子書籍と情緒

眼鏡デビューしました。
手元が鮮明でありがたや。
ボーズ頭に黒いセルロイドフレームってのを鏡で見て、なんだか見覚えのある感じだなと思った。それはEastan Youthのヴォーカルでした。

ちょっと前にTVのニュースで電子ブックリーダについてやっていた。
SONYのDaily EditionやAmazonのKindleのような電子ブック専用端末の話。
auからもそんな端末出てて実はちょっと心が動いたんだけど、とりあえず止めた。そのauの端末を見てイマイチ駄目だな思ったのは、1画面で表示できる文字の少なさ。文庫本を開いた状態の情報量を液晶で表現するとなると、結構な画面の大きさになると思う。あとは太陽光の下での見やすさも通勤Readerには必要な要素だったりする。最近の液晶はかなり良くなったけどね。それでも紙と液晶の読みやすさを比べると、まだ圧倒的に紙のほうがいい。やっぱり目の疲れが違う。紙の本はラフに扱えるし、なんといっても本はモノとして愛することが出来る。本の味わいはデジタルデータにはない。古くなって味わいが増すこともない。

そうは言っても、テキストコンテンツ(詩や小説など)のデジタルデータでの流通ってのは、かなりアリだと思う。音や映像はデジタル化によって少なからず変質する。これは仕方のないことで、諦めるしかない。しかし、言葉そのものはメディアによって質が変わることはない(はず)。紙の本の製造、流通のコストゆえに入手困難な名作がデジタルなら流通させられるのではないかと思う。
これは音楽でも同じ話で、そこらのタワレコあたりじゃ絶対に置いていない物が、iTunes Storeでは買えたりすることもある。文学(等のテキストコンテンツ)でも同じような状況になるのなら、モノとしての情緒を失ったとしても、無いよりはずっといいだろう。個人的には古い本を探して買う方を選ぶけどね。

なんてことを、情緒たっぷりのガス灯の元で、情緒とは縁遠いWillcom 03を使って書いてみた。

2 comments:

  1. 似すぎですよ!
    http://www.j-wave.co.jp/blog/entertainmentexpress/1211EX.JPG
    ミエラより

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  2. マヂでドッペルゲンガー…

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