Tuesday, December 2, 2008

ビロード

1989年のチェコ(チェコスロバキア)の民主化革命は、『ビロード革命』と呼ばれています。ルーマニア革命(チャウシェスク政権崩壊)のように、大きな流血という事態にならなかったので、ビロード(ベルベット)の生地のやさしい肌触りに喩えて『ビロード革命』と呼ばれるようになったそうです。ちなみに、その後のチェコとスロバキア分割も、ユーゴスラビアのような内戦は避けられたので、『ビロード離婚』と呼ばれてたりします。ビロード革命もビロード離婚も、近い時期に起きたルーマニア革命、ユーゴの内戦の記憶の方が鮮明で、当時のチェコのことは思い出せない。

ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』を読んで、チェコに思いを馳せてみたわけです。
ミラン・クンデラはチェコの作家。『プラハの春』でのソ連(ワルシャワ条約機構軍)の軍事介入後、著作は発禁となってしまいます。フランスに渡り、チェコの国籍を剥奪され、後にフランスの市民権を得ます。
『存在の耐えられない軽さ』が発表されたのは1984年で、物語の舞台はまさに『プラハの春』の頃のチェコ(当時はチェコスロバキア)。ワルシャワ条約機構軍の介入によって、チェコの変化は『プラハの春』が目指した物とは真逆方向に強制的に向けられてしまう。思想、言論、表現が弾圧され、いろんなモノを奪われていった時代のチェコ。そういった社会背景の中での切ないストーリーでした。
いろんな事を考えさせられた。メインテーマの『重さ』『軽さ』だけじゃなくてね。

ちょっと面白かったのは、チェコの女の子が超ミニスカートで通りすがりの男とキスをするのをソ連の兵隊に見せつけてムラムラ攻撃をしてたって話。そういう行動に出たチェコの女性の気持ちを考えると、「面白い」って言うのは不謹慎だけど、いわゆるテロとかの武力行使ではなく血を流さない形での攻撃ってのがちょっと印象的だった。
『プラハの春』は外圧によってつぶされちゃったけど、流血のない緩やかな改革をしようとしていた。『ビロード革命』『ビロード離婚』でも流血は避けられた。
チェコの国民性なのかな。



というわけで、旧東独製のカメラ、旧ソ連製のレンズ、イタリアのフィルムで撮った名古屋の大須。左側に写ってる「ともしびアパート」の1Fにはベトナムカフェ。


Camera: PRAKTICA MTL5
Lens: HELIOS 44-2
Film: ferrania Solaris FG Plus 400

2 comments:

  1. やっぱり写真って撮る人のセンスとこだわりでこんなに素敵になるんですね。名古屋にこんなにおしゃれなところがあるの?ってびっくりですが、たぶん、普通の人が普通の目で普通の携帯写メールだと、こうは写らない。クアラルンプールだって、ああ、こんなにすてきなツインタワーだったんだぁ。って。

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  2. キルワニさんありがとうございます。
    そんな風に言われるとちょっと恥ずかしいですね。
    確かにケータイだとこうはならないですね。
    ツインタワーはほんとにビックリでした。

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